「ポリアモリーの第一人者」ライターが語る、“圧倒的な専門性”ゆえの強さと葛藤

きのコさん アイキャッチ

働き方改革や副業ブーム、Webコンテンツの注目度拡大により、日本には多くのライターが生まれました。これはライター業界の盛り上がりを示している一方、ライターが仕事を獲得するための競争が激化していることを示しています。

「文章が上手い」「取材ができる」といったスキルだけで安定して仕事を得ることは難しくなり、あるテーマや専門分野に強く、自分にしか書けない記事を持つ「専門性」と、「自分=特定の専門分野」と周囲に認知される「ブランディング」が重視される時代になりました。そのため、多くのライターが専門性の獲得やブランディングを目指しており、もちろん筆者も例外ではありません。

しかし、相手に合意を得たうえで、複数の相手と恋愛関係を結ぶ「ポリアモリー」の当事者として、執筆やメディア露出など多様な分野で活躍中のライター・きのコさんは、「ブランディングが確立されすぎているがゆえの葛藤もある」と語ります。

自他ともに認める「ポリアモリーの第一人者ライター」は、いったいどんな壁に直面しているのでしょうか。編集長の齊藤が、その活動や思いに迫ります。

キャリアの始まりは「ポリアモリー」

――まず、現在の具体的な活動について教えてください。

きのコさん(以下、きのコ):普段はメーカー勤務の会社員として働く傍ら、「ポリアモリー」をテーマに様々な活動をしています。文筆家としては、note社の運営するWebメディア「cakes」で4年以上にわたって続けている連載の仕事が主で、2018年には連載をまとめた『わたし、恋人が2人います。~ポリアモリー(複数愛)という生き方~』が書籍化されました。

一方、ポリアモリーやLGBTの当事者として「ポリーラウンジ」などポリアモリー関連イベントの主催・運営や、各種メディアでの取材対応を通じたポリアモリー情報の発信なども行ってきました。

きのコさん
▲きのコさん

――ライター活動を始めた時期と、ライターになったキッカケは何でしたか?

きのコ:プロとして文章を書き始めたのは2017年くらいで、先ほど触れた「cakes」での連載が最初の仕事でした。連載のキッカケは、10年以上にわたってポリアモリー情報の発信をしていたイベントに編集長が参加してくれていて、「ぜひうちで書いてほしい」という依頼があったことです。

――なるほど! つまり、ライターの活動は「ポリアモリー情報の発信手段の一つ」というイメージでしょうか?

きのコ:そう見えるかもしれませんが、実は昔から「ライター」になりたかったんです。もともと小さい頃から本を読むのも、書くのもめちゃくちゃ好きでした。

小学生の時、担任の先生が灰谷健次郎さんの小説『兎の眼』にも出てくる、「毎日数百字の文章を書く」という宿題を出してくれていて、そこで書く力も身につけられたんです。だから、書く仕事をしてみたいという思いはずっとありましたね。

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言いたいことを言っていたら、いつの間にか第一人者に

――普段、どのようにお仕事を獲得しているか教えてください

きのコ:仕事は基本的にネットやSNS経由でもらうことが多いですね。そういえば、自分から営業したことはほとんどない気がします。

――営業をしていないとは、すごいです! どうして営業しなくてもお仕事が途切れないのでしょうか?

きのコ:推測ですが、「ポリアモリー」という専門的なテーマで書き手を探すと、まず私にぶち当たるからではないでしょうか(笑)。様々なメディアで取材を受けており、かつ顔出し・名前出しでポリアモリー情報を発信しているので、この分野の書き手では一番有名かもしれません。

――狭い分野に特化した書き手は強いですよね。こうした「専門性」は、意識して身につけたものですか?

きのコ:いえ。狙ってやったというよりは、競合がいなかったんです。私はポリアモリーという生き方や価値観を一人でも多くの人に知ってもらうために、ひたすら情報発信を続けてきました。つまり、言いたいことを言っていたら、それが自然とブランディングになったのです。

――同じ専門分野でも、「仕事のために情報発信をする人」と、「言いたいことを言うために情報発信している人」だったら、後者のほうが多くの人に届きそうですよね。きのコさんの強みが見えた気がします!

「ポリアモリー=私」ゆえの悩み

――きのコさんは、多くのライターが憧れる「営業しない」「専門分野の確立」をすでに成し遂げていると思います。それでも、仕事上でなにか悩むことはありますか?

きのコ:じつは、「ポリアモリーの第一人者である」ことこそが悩みのタネなんです。

――えっ、そうなんですか?

きのコ:はい。というのも、私のもとへやってくる依頼のほとんどがポリアモリー関連なんです。もちろん、仕事をもらえるのは大変ありがたいことですが、本当はもっといろいろな分野の記事を書いてみたいんです。

――確かに、私もついポリアモリー関連の記事をお願いしたくなるかも……。ちなみに、今はどんなジャンルに挑戦してみたいと思っているんですか?

きのコ:今はエッセイに近い文章が多めですが、ゆくゆくは小説のようなものも書いてみたいですね。さらに言えば、個人的に「ライター」の定義を「取材して記事を書く人」と考えているので、取材記事などにもチャレンジできればと思います。ただ、なかなか執筆の機会がなく……。

――新たなジャンルの開拓は難しいですよね。

きのコ:それもそうなんですが、一番の悩みは「営業の仕方が分からないこと」なんです。ポリアモリー関連ならこちらから動かなくても依頼が来たので、逆に営業の経験がほとんどなく困っています。あと、営業しないで仕事をもらってきた分、「仕事がたまたまもらえちゃっている」という感覚も強く、仕事を勝ち取れていないことがコンプレックスにもなってしまっているんです。

誰にも負けない強みを得るためには、徹底的な情報収集が大切

――きのコさんは、今後どのようなライターになっていきたいですか?

きのコ:実は、2021年の間に現在勤めている会社を退職し、フリーランスとして専業で文章を書いていく予定なんです。この機会に自分の力で仕事を勝ち取り、「ポリアモリーの当事者」としてだけでなく、「一人の文筆家」としていろいろな分野の執筆にチャレンジし、適性や仕事の幅を広げていきたいです。

――応援しております! では、専門性の強みも、弱みも知っているきのコさんの立場から、この記事を読むライターの皆さんへメッセージをお願いします。

きのコ:いろいろと言いましたが、やはり「この分野なら誰にも負けない」という強みは持っておきたいですね。私は意図しなかったとはいえポリアモリーの第一人者になり、そこで「ポリアモリーの第一人者にふさわしく質の高い発信をしよう」と思うようになりました。そのために、国内外のポリアモリー関連情報を絶えずインプットし、情報収集に時間とお金をかけています。

皆さんも何かの分野で強みを持ちたいと思ったら、手間や費用を惜しまずあの手この手で情報を調べ上げ、ぜひ誰にも負けない分野を開拓してみてください。

ABOUT US
齊藤 颯人
『Red Pencil』編集長、FP事務所『トージンFP事務所』代表。1997年東京生まれ。上智大学文学部史学科卒業。大学在学中より学生ライターとして活動し、卒業後はそのまま新卒でフリーライターに。歴史やフリーランス、旅行記事などを中心に執筆し、フリーランスメディアで編集者としても活動している。