「私は23歳で一度死んだ幽霊」自殺未遂を経験したライターの半生と、スラッシュワーカーとして働く理由。

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はじめまして。Webライターの翌檜(あすなろ:@irinoyuya_write)です。

私は2018年から副業ライターとして活動を始め、2021年に専業のフリーランスWebライターになりました。副業時代を含めると、ライター歴は約3年です。

私のような働き方は「フリーランス」「フリーライター」などと呼ばれ、響きはカッコよく聞こえます。しかし、その実態を表すならば「世捨て人」が正しいと思うのです。

「関わりたくない人との仕事」がつらく、会社を3年で辞める

学生時代、私は北海道の情報系専門学校に通っていました。当時は多くの友人に恵まれ、ジャンルを問わずモバイルアプリケーションの出来を競う「北海道学生アプリコンテスト」で大学生に混じって賞を取るなど、忙しくもそれなりに充実した学生時代を送っていました。

2年目の4月ごろから就職活動を始め、教師の言われるがままに推薦を受け、それなりに規模の大きかった東京のIT企業に就職。

入社した会社では、新入社員代表として社長の前で挨拶を読み上げたり、初めての仕事ではチームリーダーを任されたりするなど、傍から見たら順風満帆だったでしょう。

ですが、新しいこと続きのストレスや、ミスが尾を引く性格から精神的につらくなってしまい、なにより「関わりたくない人」と仕事をするのが本当に嫌で仕方がありませんでした。

幸い周りの環境には恵まれ「仕事ができない」「やる気もない」という、どうしようもなく使えない人材だったにもかかわらず、優しく接してくれた人も沢山いました。しかし、そんな人間が仕事を続けられるはずもなく、恩を仇で返す形で3年という短期での離職となりました。

その後は、両親が高齢かつ父が癌で重篤だったので、地元の北海道に出戻り、両親と一緒に住むはずでした。

パワハラ続きで離職を繰り返し、自殺未遂も

しかし、元々親との仲が良くなかったのも手伝い、2LDKの賃貸を借りたにも関わらず話は白紙に。

その後は1人で高い家賃を払いながら警備員の非正規労働を始めましたが、ここでは暴力を振るわれ2ヶ月で離職してしまいました。

貯金は0だったため、近くのコンビニの廃棄弁当や、安い蕎麦などで命を繋ぎつつ、とりあえず内定がでた魚屋に就職します。しかしここでもセクハラとパワハラ、一日16時間労働などで心身を消耗し、退職届を出すことなく23歳の時に自殺を図りました。

幸か不幸か自殺の名所として有名な場所だったため、通報を受けた警察に保護され生きながらえてしまいましたが、今でも「あの時、死ぬことができていればな」と心の底から思っています。

その後、なんとか内定が出た別の警備会社へ就職します。合わない体育会系のノリなどに耐えながらも、「1年で貯金して辞めてやる」と思いながら、少しずつ生活を立て直しました。

給料が高いわけではありませんでしたが、週6勤務に耐えながら、食事は1日分を自炊した弁当1食で済ませ、その他にも光熱費や雑費などをとにかく切り詰めに切り詰めて貯金しました。

結果、1ヶ月で最大10万円貯められる月もあり、やっと身動きが取れるようになったため、最初から決めていた1年の我慢を終え退職。

ですがロクな経歴もないまま26歳になっていたため、書類審査すらも中々通らなくなり、最終的には比較的年齢層が高かった障がいがある方の就労支援をする社会福祉業界に就職しました。

生活費をまかなうため、副業ライターへ転身

社会福祉の仕事は、給与があまり高くありませんでした。そこで、「生活費をまかなうために副業をしよう」と考えたのが、ライターになったきっかけです。

ライターになって最初の仕事は、クラウドソーシングで「とりあえず出来そうだな」と思った2000文字200円のタスクでした。

しかし、この時は本当に知恵熱が出ました。一生懸命に1時間くらい書いたと思っても、たった400文字程度しか埋まっていなかったのです。

それでもライティングを続けたのは「他にできることはなんにもないし」という考えたからでした。その後「特定の写真撮影込みで500文字1000円」というタスクをこなし、初めてまとまったお金を下ろすことができました。

そのお金を握りしめて商業施設のフードコートで食べた炒飯は、普段よりも美味しく感じました。

専業での独立を決意し、フリーライターへ

その後は最終的に前職も今年で退職し、晴れて無職になりました。

退職した理由は、なけなしのお金で家を引っ越し、現在の住所を誰にも明かすことなく「誰も知らない場所へ行く」ことにしたからです。

退職後は知り合いのツテでカメラマンやHP制作、動画制作、画像制作などライティング以外の仕事に積極的に取り組み、実務経験を増やしました。ライティングの単価感はある程度分かっていたので、ライター以外でも仕事の幅を広げられるように意識しました。

学生時代にAdobeのソフトであるPhotoshopやPremire Proなどを触っていた経験があり、簡単な動画や画像の編集、加工は出来たので、廉価版ソフトで代用しながら画像制作などを実務を通して学習。デザインの本なども購入し、ハードルが比較的低めなWeb制作の知識や経験は一通り身につけました。

それと同時に、気の赴くまま「睡眠を好きなだけ取る」「写真撮影のために遠出」「小説を書く」「日帰り温泉旅行」など、普段Youtubeやゲームをして過ごしていた時間を別のことに使う意識を持って生活しました。この時は自分でもびっくりするほど、規則正しい生活を送っていましたね。

この生活を経て、「ストレスが0だと人は健康的に生きられる」という確信を持てため、より一層「ストレスをどんどん無くそう」と人生の方針を固めました。

その後は、ありがたい事に学生時代の縁で資料制作などの仕事をいただきつつ、貯金を崩しながら過ごしていました。

しかし、減る一方な貯金残高のことも気になりだしたため、2021年5月末あたりから本格的にクラウドソーシングを再開し、フリーライターとして人生の再スタートを切りました。

親とは疎遠になり、友人の数も大幅に減りました。精神状態も決して安定しているわけではありません。

前途多難という言葉では足らないほど前途多難ですが、なんとか日々生きています。

制作ペースを早めて、睡眠時間を確保したい

ライター活動を始めたことで、「成長した」と感じられる部分があった一方、新しい「悩み」にも直面しました。

成長を感じた点は、毎日何かしらの記事を書いたり、動画編集などの作業をしたりしているため、未知のジャンルでの記事制作やWordpressへの流し込みなど、新たな経験に物怖じをしなくなったことです。

これはライターに限らず、社会で生きていく上で大事な能力だと思いますが、ライターにならなければ、この能力が私に身につくことはなかっただろうなと思います。

また、副業時代に本業で3000文字程度のレポートを書いた際「とても長いのに、すごく読みやすい」といった言葉をいただいたことがありました。知らず知らずのうちに、多少は読みやすい文章を書けるようになっているのかなと感じました。

一方、悩みとして挙げられるのは、記事を書くのがかなり遅いことです。しっかりしたリサーチが必要な記事では、3000文字程度を書くのに平気で10時間以上を費やしてしまっているのが現状です。修正にも同じくらい時間がかかるため、制作ペースがあまりにも遅くなってしまっています。

また、それに伴い睡眠時間の確保がなかなか難しく、慢性的に睡眠が2日に1度というペースになっているため、なるべく早めに解決したいと考えています。

私は23歳で一度死んだ「幽霊」

ここまでネガティブな内容が並んでいると、「自分の将来も悲観していそう」と思われるかもしれません。

ですが、私は将来を悲観してないです。その代わり、期待も一切していません。なぜなら、私は23歳の時に死んだ幽霊だからです。

そんな私の目標は「生きる」ことです。その目標を持たせてくれたのは、紛れもなく「ライター」という人と直接会わず、在宅でもできる職業でした。

私は今、

  • Webライター
  • 動画編集
  • カメラマン
  • HP/LP制作
  • サムネイル制作

など様々な仕事をする「スラッシュワーカー」的な働き方をしていますが、肩書きにこだわりは全くありません。生活費を賄えず貯金が尽きたら、何かアルバイトでもしながらライターを続けるんだと思います。

そんなわけで、毎日「生き残れるだろうか」と考えながら、今日もPCとベッドを往復中です。

ABOUT US

翌檜/AsunaroWorks
北海道で活動するマルチプレイヤー。「Webライター」「動画編集」「カメラマン」「HP/LP制作」などなど、様々な分野でジャンルを問わず活動。主に「ゲームレビュー」で多くの記名記事を執筆する。ポートフォリオLP「https://lp.writer-asunaro.work/」、Mail「contact@writer-asunaro.work」